みやふきんの見聞録

見聞きしたり感じたものを記録するブログ

「純平、考え直せ」を考える〜小説と映画と〜

 小説を原作に映画が作られることって結構多いと思う。これまでいくつ小説原作の映画を観てきたか考えると、すごく多い。映画というのは、上映時間の兼ね合いもあって、そんなに長くない。二時間ちょっとがスタンダード。そのなかに原作を忠実に、なんてなかなかありえない。取捨選択と映画ならではの見せ方がプラスされるのがほとんどなのではないか。
 私は映画を観てから原作小説を読むことが多い。その逆の場合、がっかりする確率が高いというのもあるから。がっかりしなかった作品ももちろんあるけれど。
 前置きが長くなったが、「純平、考え直せ」の映画を観たあとで、原作小説を読んでその違いに驚き、どちらもよいと思ったので、なぜよかったのかを私なりに語ってみたいと思う。

 小説「純平、考え直せ
 著者は奥田英朗。文芸誌「小説宝石」に2009年9月号~2010年8月号までの連載小説
 単行本は2011年1月発行


 映画「純平、考え直せ
 2018年9月22日公開
 監督は森岡利行、脚本は吉川菜美、木村暉、角田ルミ
 純平役に野村周平、加奈役に柳ゆり菜

 伊藤さとりさんが監督にインタビューされた動画でも監督が言っておられたが、かなり原作とは違っていて、結末も変えている。大きな核となる部分は変わらない。変わらない部分は以下の通り。
 気のいい下っ端やくざの純平が、対立する組幹部の命を獲ってこいと親分から鉄砲玉を命じられ、娑婆を楽しめとお金と時間をもらう。決行までの三日間、出会った女の加奈に鉄砲玉をすることを打ち明けると、加奈が掲示板に書き込み、見知らぬネット上の人の忠告や冷やかしなどが飛び交う。三日間のうちに起こった出来事を描く作品。

 映画で付け加えられた最大のものは、恋愛映画になったことにあると思う。小説では三日間に出会う人の中で重要ではあったものの、純平の心を大きく動かすほどの人物ではなかった加奈が、映画の中では純平との出会いの場も、関係の深度も大きく変えられている。それによって、小説の最大のクライマックスである部分は削られ、別の形へと変えられて、結末のせつなさへとつながっている。
 こんなにも原作と変えられてしまうと、むしろ潔くて、原作の要素を核にした別の作品とみなしてもいいくらいだと思ってしまった。中途半端に原作に忠実にするよりよかったと私は思った。小説では三日間のうちに純平が出会う人たちとの関係もまた魅力ではあった。別の組のやくざと仲良くなったり、言いがかりをつけて無銭飲食をしようとする元教授の老人(映画ではホームレスと設定が変わっている)に、奢ってやったあとに送っていったアパートでもらった本のこと、その後、老人を利用して、いざこざになった別の組のやつらに仕返ししたこと。バイクを調達しに地元へ行ったときに出会う暴走族の後輩。小説でも映画でも重要な場所であるコインランドリーにいるゴローも、小説ではもっと親しく関わる。小説の中では、純平が人と関わることでもらったものが、結末のクライマックスへ結びつく。映画ではがっつり削られていたこの部分が、私は小説の中でもっとも心が動いた場面でもあったけれど、映画のあの流れから、この小説のクライマックスへとはつなげられないし、映画の中にしかない別の結末が、映画だからこそ成立して、せつなく余韻を残している。
 掲示板の書き込みをする人物が、小説ではまったく背景が見えない匿名な存在であるのに対し、映画では人物の背負う背景が作られて、生身の人物として、掲示板の書き込みにある純平に対して、思い入れてその行為を止めたいとすら思って行動する。その思いの吸引力もまた、映画のクライマックスへ向かう。その仕掛けに、映画を観ている側が引き込まれる力があった。映像としての見せ方、引きつけ方を感じた。

 この映画では柳ゆり菜さんの体当たりの演技もまた話題となったようだ。映画がR15になっているのは官能的なシーンがあるせいで、とても濃厚なベッドシーンがある。下品ではなく美しいが、私が好きだと思っている映画の中の官能的なシーンの比ではなかった(ちなみに好みなのは「第三夫人と髪飾り」)。小説を読んだときは、そのあっさりした描写に逆に驚いた。小説の描写はこうだ。

 四回目以降のセックスは単なる運動の様相を呈してきた。一回目は二人とも興奮していて前戯もなく動物的に求め合い、二回目は失地回復するがごとく丁寧に施し合い、三回目になってやっと互いに反応を楽しむ余裕が生まれ、満足のゆくセックスができた。(中略)
 純平も人肌が愛しかった。柔肌と産毛の心地よさ、内側から発せられる体温とが、純平のすべてを受け入れてくれ、死んでもいいとはこういう瞬間を言うのだろうと、生きている実感を噛みしめていた。

 小説は小説でとある描写が非常に映像的で際立っていたので、そちらの方が私は好みかもしれない。幹部の顔を確認してきてホテルに戻ってきてベッドにいる加奈との場面。引用すると、この部分。

「おい。ちょっと寝かせろ」
 純平は、加奈をベッドの真ん中から押しやった。スペースを確保して布団を被る。
「何よ、寝ちゃうの」と加奈。
「いい加減眠いんだよ。おれの一日は長えんだ」純平が大あくびをした。
「じゃあ、わたしも寝よっかな」
 加奈が横向きになる。浴衣から大きな乳房がぽろりとこぼれた。
 どうしようかと迷いつつも、自然と純平の手が伸びた。

 けれど、映画の役者さんのこの時にしかない美しさは、柳ゆり菜さんにしても野村周平さんにしてもあると思う。小説では短い文章で表現されるものが、映像での表現となると形を変えるのだろう。
 
 映画のなかでもとりわけ私が印象的なシーンは、予告編のなかにも出てくるあのまなざし。
 加奈が純平を見つけた神社で、靴擦れになった足を純平に洗ってもらったあとのふたり。みつめあう視線の、その目の表情。ああいうのは映画にしかない、惹かれあうふたりのまなざしだ。こういう場面だけで、ぐっと映画の世界に引き込まれる。ほんといい表情、いい目をしていた、柳ゆり菜さんも野村周平さんも。それは映画が恋愛に舵を切ったから生まれたもの。

 小説には小説の、映画には映画の良さがあって、だからどちらも素敵で愛おしい。
こんな作品に出会えたことを幸せに思う。
 だって、二倍だから。作品を愛おしく思う気持ちが映画でも小説でもあるって、最高の相乗効果。
 
 原作を映画にすることが多い邦画。どうかそんな素敵な作品がたくさん生まれますように!

 

光文社文庫

奥田英朗著「純平、考え直せ

https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334766627

 

映画「純平、考え直せ」予告編

https://youtu.be/RjCtdAgyPpA

 

伊藤さとりさんの森岡利行監督へのインタビュー(前編)映画紹介のあとに流れます。

https://youtu.be/Mr08wFcwKLQ

 

伊藤さとりさんの森岡利行監督へのインタビュー(後編)映画紹介のあとに流れます。

https://youtu.be/_BYDAwq8XO8

 

伊藤さとりさんの野村周平さんへのインタビュー

https://youtu.be/iEv2frZRDhU

 

自慢の⁈コレクション [レターセット]

お題「自慢のコレクション」


レターセットに凝りはじめたのは何時ごろからだったのだろう。少なくとも高校生の私はほとんど手紙など書いたことがなかった。当時好きだった久保田利伸のファーストアルバムを聴いて、事務所に感想を送った記憶はある。あきらかに手紙を書くことが増えたのは、同人誌活動を始めてからだ。1990年代の同人誌はネット環境もなく、感想を手紙にしたためて、奥付の住所へ送ったりすることがあった。大好きな同人作家さんへ感想のお便りを、幾度となく送った記憶がある。何度かお返事をいただいて舞い上がったこともあった。大学を卒業して、ほとんどの友人に気軽に会えなくなったことも手紙を書く機会になったし、会員制創作小説サークルをしていた時は50人程度の会員さんへ、年三回の会誌を送付するのに合わせて、各々へ宛てた手紙を書いたりもしていた。そして結婚後引っ越しをして地元から離れて、多くの人と会えない状況になり、手紙を書く頻度は増えていったように思う。


これまでで好きだったレターセット(あるいはお揃いの便箋と封筒)がいくつかあるので、語っていこうと思う。

私は罫線のある便箋よりは、薄手の紙で透け感があり、罫線の下敷きをして文字を書くスタイルの便箋がかなり好みである。(上の画像はホールマークの古染箋)


たとえば、ミドリの和紙便箋シリーズ。

季節に合わせていろんな柄が出て、なおかつ美しいので大好きなシリーズ。しかし、高価なのであまり買えないのがたまにきず。

https://www.midori-store.net/smp/list.php?type=class&scat=4464


紙としてものすごく好きなのは、オニオンスキンペーパーの便箋。ペラッとしていて独特のシワがある。2000年頃、いろんな色や柄があってよかったけど、今はほとんどなくて、先日、ようやく竹尾の淀屋橋見本帖店でレターセットを購入した。もったいなくてまだ使ってない。

https://products.takeopaper.com/collections/dressco_onionskin-letterset


イラストレーターさんの便箋というのも好きで、いわぶちさちこさんの個展で買ったものは、春のさわやかな時期に使うため3年くらいずっと手元にある。


昨年入手した蒼川わかさんのイラストを使用したリュリュというメーカーから出ている空時間のレターセットもお気に入り。

https://www.ryuryu-market.jp/sorazikan/top.html


雑貨屋さんのギニョール&JAMPOTさんが毎年行っている天体関連のグッズやイラストを販売する「天体観測展」で知った遊星商會さんの「星座図レターパッド」も好きで集めた。クラフト紙から始まり、厚手の水色の紙、深藍の色とどれも好き。今はこの紙質のものは販売されていないけれど、別の紙質で「古図便箋綴」として販売されている。

https://yuseisyoukai.booth.pm/


今は販売されていないもので好きだったのが、「はがき手紙」というシリーズ。

まだはがきが50円で送れていた頃の商品。今も企業のはがきではよく使われているが、ペラッとめくるようになっていて、中に重要な情報が印字してあるタイプのはがきと同じ構造。

これは、見開き状の紙に最初に文字を書いて、シート状の特殊な糊を貼りつけて、はがきサイズにするもの。数年前に4セットくらい買ってちまちま使っている。


一筆箋の類はそんなに多くは持ってない。中でもお気に入りは「裏具」というお店の文学作品の一文を罫線にした一筆箋。残念ながらお店は閉店してしまい、これまたちまちまと使っていくしかないものになってしまった。


とにかくレターセットや便箋・封筒が好きで、たぶん30個以上は持っていると思う。

文字を、手紙を書くのが好きなので、なんだかんだとまだ集め続けてしまう気がする。


テオ・ヤンセン展(大阪南港ATCギャラリー)備忘録 

テオ・ヤンセン展へ行ってきました!

私がテオ・ヤンセンを知ったのはいつ頃だったのかもう忘れてしまいましたが、テレビ番組の特集だったのかもしれません。海辺で風を受けて動くストランドビーストの姿を見て、一度は実物を見たいと思っていました。ブログを書くにあたり、過去のテオ・ヤンセン展の記事を探していると、2010年に東京の日本未来館で開催された時の記事がありました。そこには2007年にテレビCMになったとありましたから、それかもしれません。その時の記事にはストランドビーストではなく、ビーチアニマルと記載してありました。

 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000165.000000084.html

2019年に兵庫で開催が決まっていましたが、コロナ禍で一度開催を延期されてもう関西ではやらないのかと思っていたので、開催の知らせには興奮しました。前売券も購入して開催のその日が来るのを待っていました。

じんわりとまたコロナ流行の兆しがあったので、開催してすぐに行こうと決めて、初日の朝に行きました。

開場30分前、入場列はどれくらいか? 思ったよりも少なくて30人未満。待機列としてロープが張られているが、余裕がかなりありました。

待っていると係の人が講演会の整理券を配りに来られました。

講演会? 

私はチラシ記載の情報しか知らなかったのですが、初日はテオ・ヤンセンが来日して講演するということでした。

残念ながら私はその日、別の展覧会へも行くつもりだったので、講演は諦めました。

 

いざ、入場。

まずは「アニマリス・リジデ・プロペランス」の展示。

展示のそばには大きさや特徴を記載したパネルも展示されています。

 

 

テオ・ヤンセン展は数年前に日本で巡回で開催されています。2019年の札幌のあと、本当は2020年に兵庫県立美術館でやるはずだったのが、コロナで延期。2021年に山梨、熊本と続けて開催し、2022年大阪ATCギャラリーでの開催になったようです。それに際して日本初公開となる作品をとの意向で、2019年作の「アニマリス・ミミクラエ」が展示されることになったようです。

 

 

 

「アニマリス・ペルシピエーレ・プリムス」2006年

うっすら汚れていたり、黄ばんでいるのも動いてきたんだという感じがしました。

 

展示ではホーリーナンバーの脚のしくみのパネルやストランドビーストに使っている部品、部品を加工するのに使う道具の写真なども展示されていました。

また、この展覧会では実際に小型のストランドビーストを手で押して体験できるコーナーがあります。もちろん私も体験してきました。思ったよりもまっすぐ進まない、とちょっぴり軌道修正しながら押して歩きました。

スタッフの方にお願いして動画は撮ってもらったのですが、いろんな人が写り込んでいるのでブログに載せるのは割愛します。その代わりに、関係者の内覧会で撮影されたあべの経済新聞さんが撮影された内覧会の様子の動画をリンクで貼っておきます。

内覧会は開催日前日に行われたようで、テオ氏による解説もされていて、エアポンプで送り込まれた空気により動くリ・アニメーションの様子もあります。

 https://youtu.be/r7CgVHLaokI

リ・アニメーションは毎日10時15分から1時間おきに開催されます。

どのストランドビーストがいつなのかは、パネルに書いてありました。

 

アナウンスで案内があるとみんな集まってきて、スタッフに動く仕組みなどを教えてもらい、エアポンプの風の力でストランドビーストが実際に動く様子を見ることができます。

実際に動くのはそんなに長い時間ではなく、数分です。でもすごい迫力です。動くのを見るとやはり、おおっ!と周りから声が漏れてきます。

一度目はあまりいい位置で見られなかったので、次の回も見ることに決めました。

その間に展示をゆっくり見ます。特に興味深かったのは進化の系図。うまくおさまらないので、写真には撮りませんでしたが、ビーストがどんな機能を得ていったのか、その機能をもつビーストはどれかなど、生物としてとらえてあるのが、なんとも愛らしい。

そしてショップコーナーではミニビーストを販売していて、組み立てられたものが見本としておいてあり、うちわを使って動かせるようになっていました。私もすこし動かしてみました。動く姿は小さいのもあって、とにかく愛らしいです。

 

その日二回目のリ・アニメーションが始まる15分くらい前のこと、スタッフ同士で動作確認をされていました。その様子を次々にお客さんが見にきてしまい、やさしいスタッフの方は動きを解説してくださいました。仕組みを理解できて貴重な時間でした。

いよいよリ・アニメーションが始まるという時間になり、ほぼ真ん中の最前列で見ることになりました。解説してくれるスタッフは、テオ氏がこの場に来るとアナウンス。予期せぬ事態に興奮!

講演会には参加できないので、会えないと思っていたからめっちゃ嬉しかったです。テオ氏みずから解説してくれて、スタッフの方がテオ氏の言葉を受けて説明してくれました。

 

 展示パネルの横に立つのがテオ氏。展示会のスタッフが解説してくれています。

 

リ・アニメーションで目の前に動いてくるストランドビーストはすごい迫力でした!そしてちゃんとお客さんの前までくると反対側へ戻るのが、すごいなぁと感動でした。

海辺で水に浸かると反対方向へ動けるような構造になっているとのことで、その説明をされていました。

 

展示会が終わるとストランドビーストは解体されて保管されるのだという。そしてまた展示会があると、組み立て再生される。その表現が なんとも素敵だなぁと思いました。

会期は2022年9月25日まで。

まだの方で興味のある方は、迫力あり、愛らしいストランドビーストたちをその目で見て体感してきて下さい。ぜひ!

 

公式サイトはこちら↓

テオ・ヤンセン展 Theo Jansen | イベント | MBS 毎日放送

 

追記(2022.07.24)


展覧会のショップで販売されているミニビーストを購入していたのですが、部品が一部折れてしまっていて、販売元の学研プラスにその部品だけ送ってもらったのが届いたので、組み立てました。

説明書はわかりやすく、さくさく作れます。

ワンタッチロッドの(大)(小)を間違えてつけてしまい、つけなおすことになってしまったミスはあったものの、約2時間で完成。

動いている動画はInstagramにアップロードしました。

https://www.instagram.com/tv/CgYp-HipQep/?igshid=YmMyMTA2M2Y=


書店はあこがれの世界

作家のほしおさなえさんが関わっておられるhoshoboshiの雑誌「星々 vol.1」の特集が「書店」で、購読者の方々が寄稿されたエッセイを読み、私も書店について語りたい、と思ってこの記事を書くことにしました。いくつかの項目に分けて書いていこうと思います。

 

1.幼い頃と書店

私は1970年代生まれで、まだ町に本屋さんがいくつもあるような頃だったと思う。人口8,000人ほどの田舎町の故郷にも本屋さんはあった。一軒だけ。雑誌と文庫とコミックと話題の本くらいの品揃えしかないような本屋さんだったけれど、小学生の私はおこづかいやお年玉で大好きな漫画のコミックを買うのが楽しみでしかたなかった。大人になった今も、そのお店で買ったコミックは、カバーはなくしてしまい、ボロボロになっても、買い換えずに大切にしている。その本屋さんも私が高校生になる頃には廃業してしまった。

 

2.高校生の寄り道スポット

田舎だと町内に高校がないことも多く、私の故郷もそうだった。電車通学することになり、高校の最寄駅から高校までの通り道にその書店はあって、下校時には電車通学の学生が多く立ち読みしていた。私も例にもれずかなりの頻度で立ち寄って、ライトノベルの走りである文庫や新書を買っていた。ぐっと書店が身近になった私は、その頃から書店で働きたいと考えるようになっていたように思う。ところが、高校には書店の求人がなく、安易にも大学生になれば求人もあるに違いないと考えて、普通科の就職組のクラスだったのに、高3の夏に進路変更して大学受験を決めた。無事に大学に合格。そしてクラス担任から書店でのアルバイトを紹介してもらう。それが、高校最寄駅から通学路の通り道にある書店だった。

 

3.小さな書店でのアルバイト

その書店はよくある町の書店らしく、店舗での販売と雑誌の定期購読配達をしていた。私は大学が終わった後の夕方から閉店まで、主にレジと返本作業をしていた。日販とか東販とか取次という存在があることをその時に知った。小さな書店なので、選書するのはあまりなくて、取次から回ってくる本を並べていた。取次の企画するフェアとかはあったけれど、正直、自分で選書したいという思いでいっぱいになっていた頃だった。私にできるのはフェアの本をいかに目にとまるように並べるか、くらいのものだった。

そのフェアの本をよく買ってくれる女の子がいた。実はその女の子は私がバイトする書店の数軒となりのスーパーでバイトしていて、私が通う大学の同学年別学科の女の子だった。本を買ってくれることが嬉しかったことは今も覚えている。残念ながらその女の子とは一度も話すことはなかった。今の私なら話しかけることができているかもしれないが、その頃の私は人見知りで怖がりだった。

3.就職活動と書店

就職氷河期より前の世代、バブル崩壊後すぐの就職で、まだ求人も多かった。私はとにかく書店に応募しまくった。関西でそれなりに大手の書店、全国展開している老舗書店、その頃増えていた郊外型の大型店を展開する書店。三次面接までいったのが、郊外型の書店。でもいわゆる圧迫面接で、うまく答えられなくて撃沈。書店員になることを諦めた(早い諦めである)私は、この頃から同人誌活動にのめり込んでいった。

4.社会人になってからの書店

車を手に入れた私、夜、比較的遅い時間も活動するようになった。深夜も空いているような大型古書店や、もう少し早い時間に閉まるBOOK OFFに出かける。30分ほど立ち読みして楽しんだあと、気になった単行本を買ったり、漫画本を一気買いしたり、いちばん気軽に本を購入していた頃だ。もちろん普通の新刊を扱う書店でも本をたくさん買っていた。その頃の私のいちばんのお気に入りの本屋は川を隔てた隣町にあり、規模的にはそんなに大きくはなかったが、学生が多い街ということもあって、いわゆるサブカル系の本もたくさん置いていた。私はその本屋さんで写真家の荒木経惟や随筆家の赤瀬川原平藤原新也を知り、人形作家の天野可淡を知った。本屋さんに行くことで広がる世界があった。今はその本屋さんは喫茶店に変わってしまったけれど、私の記憶にはずっと残り続けている。

 

以上、書店について長々と語りました。

冒頭に書いたhoshiboshi の雑誌はこちら↓のサイトのオンラインショップから購入できます。

私の140字小説(過去作ですが)も、佳作で入選したので一編だけ載せてもらっています。

よければサイトをご覧になってみて下さい。

www.hoshiboshi2020.com

 

 

「挑む浮世絵 国芳から芳年へ」展を観にいってきました

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京都府京都文化博物館で2022年2月26日〜4月10日まで開催中の「挑む浮世絵 国芳から芳年へ」展を観にいって来ました。行ったのは3月5日(土)。10時の開場を待つ人が10人くらい列を作っていました。開場してすぐなので、人はめちゃくちゃ多くはありませんが、一人絵の前に立ち、次の人がゆっくりと待つというような流れでした。

撮影可能だったのでシャッター音が聞こえてくることもありましたが、私が見ているまわりの方々は、むしろ絵に集中してしっかり見ておられる方がほとんどでした。

 

名古屋市博物館の個人コレクション(尾崎久弥氏と高木繁氏)をそっくりお借りしての企画巡回展。国芳とその弟子たちの浮世絵です。

2019年2月〜4月の名古屋市文化博物館から始まって、広島県立美術館福岡市博物館と巡回。2020年は浜松市美術館、2021年は高崎市タワー美術館、郡山市立美術館。そして現在の京都文化博物館での開催となっています。

本当は2021年6月開催予定だったのが、延期になっての開催だったようです。

 

私の目当ては国芳芳年でしたが、思いのほかいいなと思ったのは落合芳幾でした。「英名二十八衆句」は芳年と芳幾の連作でそれぞれが14図ずつ描いているもの。今回はすべて見ることができて素晴らしかったと思う。芝居から題材を得た無惨絵で、展示スペースでは怖いのを見たくない人はそのブースを飛ばせるように、順路が組まれていました。

私はもちろんしっかりじっくり見ました。

特に気に入ったのは芳年の「福岡貢」。動きがあって美しい。芳幾の作品も艶っぽい感じで良かったです。


浮世絵のなかには、少し滑稽なものもあり、人の顔が、人の体の集まりでできているのとか、集合体がなにかの形を成すものが少しだけ集められていました。

国芳だと猫髑髏が有名だと思います。

今回、会場内撮影可能でしたので、どうしてもの一枚だけ撮ろうと決めていました。

撮ったのは獅子が集まって花になっている作品。

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作者は国芳と伝えられているけれど、遠浪斎重光かもしれないという。

とにかく愛らしい。

国芳は猫の愛らしい作品も多いと思いますが、今回の展示は猫要素少なめでした。今回のでは、擬人化した「里すずめねぐらの仮宿」が私は好きだなと思いました。


展示はいくつかのセクションに分かれていて、浅茅が原の鬼婆伝説を描いたコーナーが面白かったです。 国芳が絵馬を奉納したことから広がった浅茅が原の鬼婆伝説を描いた浮世絵。こうやって一堂に集めて展示されることで、題材をどんなふうに描くのかという切り取りかたの妙を知ることができて面白かったのでした。

そのなかでも芳年の「奥州安達がはらひとつ家の図」という作品が良かったです。

なかなかに残虐な浮世絵ですが、構図もすごいですが、妊婦の丸い腹や、髪の毛の細やかな線には圧倒されるし、老婆の皺も印象に残ります。


私が芳年に興味を持ったのは友人の影響で、数年前のこと。芳年の作品をここまで多く見たのは初めてで、テンション上がりました。私のなかでは、「国芳から芳年へ」展の最高のクライマックスは、芳年の「東名所墨田川梅若之古事」でした。

本当に美しい。散る花と川に浮かぶ月明かり。命儚き少年の、風に翻る袖。

ずっと見ていたいと思う。

その瞬間、時が止まったように感じるなんとも素敵な浮世絵です。


私が良いと思った芳年の3作品はポストカードになっていました。月百姿シリーズのも。

いつか月百姿シリーズはたくさん見てみたいです。

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 左上:芳年「安達がはらひとつ家の図」中上:芳年「英名二十八衆句 福岡貢」右上:芳年「月百姿 吼噦」中下:国芳「里すずめねぐらの仮宿」下:芳年「東名所墨田川梅若之古事」


公式サイト↓

https://www.bunpaku.or.jp/exhi_special_post/kuniyoshi-yoshitoshi2022/



ARTISTS’ FAIR KYOTO 2022へ行ってきました

f:id:mi8fukin:20220306142104j:plainTwitterに流れてきた美術手帖のツイートで興味を持ち、行って来ました。

2018年から始まったアートフェアで今年で5回目の開催だそうです。

国内外で活躍するアーティストの推薦を受けた若手アーティスト、公募選出されたアーティストの作品を重要文化財や企業ビルを舞台に展示するもの。

二日間と短い期間ではあるけれど、直接アーティストに話を聞けるのはすごいと思います。

また同時に国内外で活躍するアーティストの展示もあるので(今回は清水寺)、一度に多くのアーティスト作品を体感できるのも魅力的。

今年の会場は主に3会場。京都府京都文化博物館別館、京都新聞ビル地下一階、清水寺

京都文化博物館から京都新聞ビル、清水寺へは無料シャトルカーが運行されていて、停留所に来た人(一組ずつ?)を随時希望のどちらかの会場へ送ってくれました。私は京都新聞ビルまで利用しました。

 

さて、各会場で気になった作品について語ろうと思います。

 

京都文化博物館別館

 

大和美緒さんの作品

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赤いドットが正方形のアクリルに描かれていて、それをたくさん並べて一つの作品にしてある。作品のすぐ近くに座っていた方(作者の代理の方)に話を伺うと、島津製作所に協力してもらい、血液細胞の様子をうつしとり、アクリル絵具で描いたものとのこと。

過去にも似たような作品を制作されていて、制作に関する詳しいインタビュー記事があったので、リンクを貼る。

KYOTO STEAM 特集「国際アートコンペティション スタートアップ展」 第6回:一滴の血液から広がる世界をミクロな視点で見つめ、描く インタビュー:大和美緒(美術家)|Technology|AMeeT

 

この作品を見たときに感じたのはやはり血液の細胞だったし、もしかしてと思って訊いてみたらそうだったので、腑に落ちた感覚はあった。しかし一つひとつのパターン、そしてそれをどう組み合わせて並べるのか、それが生みだすものに思いを馳せると、恣意性とそうでないもの、それが生みだしたものを、見る側が意味を見つけるような、そんな感覚が生まれてきて、パッと見た目の強さと、じっくり細部を見ることで生まれる感覚の生っぽさというか、絵の具の盛り上がりや、印刷では出せないゆらぎの感覚が沁みてくるのはあった。

 

川瀬理央さんの作品

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枯れ木のような細い棒状が集まってかたちになっている器。

たぶん実際には器としては使えないだろうと思われるオブジェ。

細密画が好きな私としては細かいものが密になったものというのはたいそう魅力的に見える。

アーティストさん本人がそばにおられて、話を聞いた。制作過程ではとても細く棒状に伸ばしたものを大量に作り、組み合わせていくとのこと。スマホで写真を見せていただいた。

何に似ているのだろう、とずっと考えていた。

たぶん骨だ。

器の色は白。少しくすんでいる。すぐに壊れてしまいそうな儚い佇まい。それが魅力のような気がした。

宮永愛子さんが推薦されてというのもまた嬉しいポイントだった。私は宮永さんの作品が大好きなので。

京都新聞ビル地下一階

林勇気さんの作品

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京都新聞ビルの地下一階は以前印刷工場だったらしい。あちこちに溝があり、何かの跡であろうというのが残っている。薄暗い展示会場は独特の雰囲気。この映像作品が少し内に奥まったいわゆる凹んだ個室のようなスペースで展示されていたことがすごく効果的だったように思えた。アーティスト本人がおられて、たまたま声をかけてもらえた。たぶんそのスペースにいる人がまだひとりふたりと少なかったからだろう。6分間の映像作品で、一つの写真から始まり、多くの写真が次々に現れては分割され、あちこちへ飛び移り、またひとつになり、分割されたものが別のかたちになり、それが動きまわり、軌跡だけで埋め尽くされる終焉へと向かう、そんな作品。

私は記憶のようだと感じた。回路でしかないあやふやなものだけれど、確かにあって、意味を持っているのに、記憶はいつのまにかどこかへ行ってしまう。その回路を辿れなくなってしまう。でもあったことはなかったことにならないし、軌跡としてかたちはなくともあるのだろう。そんなふうに思えた。

この方の作品をもっと見てみたいと思ったら、兵庫県立美術館でわりと長い期間やっている展示があるようだ。最近できた中之島美術館でも展示はあるようだけど、それも期間は短め。機会を作って兵庫県立美術館に足を運べたらいいなと思う。アーティストのサイトにあるアーカイブも見てみようと思う。

Yuki Hayashi video works

 

www.artm.pref.hyogo.jp

 

清水寺

Yottaさんの作品

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仁王門となりに横たわるバルーンのこけし「花子」さん。なんか喋っているけれどわかりませんでした。インパクト大! 清水寺という場所にぴったり。巨大バルーンアートはとにかくインパクトがある。そして愛らしさがあるからこそ、その場にあっても馴染むというか大歓迎な感覚が生まれる気がする。

以前にもこけしの花子さんは京都に来ていたらしい。その時は京都市美術館別館だったっぽい。

maidonanews.jp

その時から気にはなっていたので、今回見れたのは嬉しい。

 

ヤノベケンジさんの作品

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西門前にKOMAINU。メタリックでかっこいい。

めっちゃ守っている感じ。

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成就院には宇宙服の猫が掛け軸に仕立てられた絵とともにあった。どちらも清水寺という空間にはまっていた。

YANOBE KENJI ART WORKS

名和晃平さんの作品

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清水寺成就院にて展示。名和さんの作品は神秘的な動物のイメージ。テレビなどで見たことはあるものの実物の作品を見るのは初めて。粒でできた鳥は、やっぱり神秘的で厳かなイメージ。

KOHEI NAWA

塩田千春さんの作品

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以前インスタレーションを見たことがあるので、そのイメージで期待していたので、小品だったことは私の中では少し残念だった。塩田さんの作品のイメージである「赤」は健在で、臓器のような生々しさとともに痛々しさと儚さがあった。

CHIHARU SHIOTA–塩田千春

井口皓太さんの作品

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初めて知ったアーティスト。「空の時計/Blank Clocks」というタイトルの作品は少し前の録画映像をモニターに加工して映し出される。そのモニターが円形で、どこか標識のようでもある。分割されて加工される映像がノイズのように、でも意図的に見えるのも面白かった。

検索したら東京オリンピック2020の動くピクトグラムを作られて方だとわかった。知らないと思っていても目にしていたのだなあ。

 

宮島達男さんの作品

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清水寺経堂での展示。仏像は撮影禁止とお達しあり。

仏像の向かい側に設置されたスクリーンに映し出されるのは、カウントダウンしてゼロになった瞬間に洗面器の水に顔をつける男性の上半身。背景は大きく揺れて、船上での撮影だとわかる。スクリーンから少し離れたところにある絵画が、その映像を読み解くヒントになっている。

繰り返されるカウントダウン。口調や表情の変化。どこかシュール。でも見入ってしまった。繰り返される、あるいは終わってもまた始まるカウントダウン。宮島さんの作品には欠かせない要素だ。

私が多色発光ダイオードのデジタルカウンターでの作品を最初に見たのは東京オペラシティーで、最後に見たのもやはり東京で、谷中の小さなギャラリーだった。もう20年近く前のことだと思う。その時からテーマは変わっていないのだろう。ずっと生と死について。

今回宮島達男さんの作品を久しぶりに見ることができたのが嬉しく、また宮島達男さんが推薦されたアーティスト作品に惹かれたことを嬉しく思った。

Tatsuo Miyajima Studio

全体の感想

たくさんのアーティストの作品を一堂に会して見ることのできるイベントや展示はわりと好みなので、とても刺激的で満たされた感じがすごくある。

会場が離れていても無料シャトルカーで移動できたりと工夫もされていて、存分に楽しめると思った。

ただコロナ禍なので、どうしても密になるのを避けたかった感じは私の中にあった。京都文化博物館別館での二階展示は、人数制限があり、整理番号が呼ばれるまでは二階へ上がれない。人が多い会場で待つのは難しく、展示を見るのを諦めてしまった。

 

公式サイトでは、過去の展示風景の画像も見ることができるし、後日今回の展示の画像も見ることができる。また公式Instagramでも作品が紹介されている。

ARTISTS’ FAIR KYOTO 2022 | 京都発アート・オブ・シンギュラリティ 既存の枠組みを超えたアートフェア

 

https://instagram.com/artists.fair.kyoto

 

 

2021年の創作活動を振り返る

Twitterのタイムラインにふと流れてきたタグ企画 #創作2021_2022

いい機会なのでやってみようと思いました。

私の創作活動というのは、Twitterでの140字小説、300字小説、投稿サイトへの短編小説が主です。2021年は2020年にも一度参加したhoshiboshiのオンライン読書会&合評会への参加もありました。創作したときに思っていたことなども交えて振り返りたいと思います。

 

 

2月 140字小説

 

Twitterで見たツイートをきっかけに思い出した自身のことを書いた140字小説。若き日の苦い思い出。

 

2月 Twitter300字ss

 

1月下旬にお題が発表されて2月6日にTwitterに投稿。お題は「運」

ケセランパセランという存在と綿毛を絡ませたショートストーリー。

300字ssの投稿者さんたちは本当に真摯な方が多く、この時も引用RTで感想をもらってとても嬉しかった。

 

5月 300字ss 

 

以前息子が拾ったスマホのことを思い出しながら書いた。

 

5月 140字小説を5本(そのうち3本をリンクで紹介)

 

「どこにでもあるケーキ、変わりゆく君の顔」

 

これは確実に「待の上で」の劇中の「チーズケーキの歌」に影響を受けてできたお話。

 

「光をさがして、また一歩」

 

これはBUMP OF CHICKENの「なないろ」に影響を受けてできたお話。

 

「花から馳せる」

 

連休明けてすぐ、父が急死して実家の近くのいとこがいろいろと手配をしてくれていたが、その方から花を買って来てと言われ、お通夜の祭壇に飾る花を地元の花屋に買いに行った。地元の風習がよくわからず、花屋に尋ねて買うことにしたが、迷って色付きの香りのある花も買っておいた。結局しきみしか使わずに不要になった花を持ち帰った。葬儀の際には祭壇に飾ってあった花を持ち帰って仏壇に飾った。普段ほとんど花のない実家に飾られた花を想った。

父は調子を崩して数日、入院することもなく、家で亡くなった。父を思って書いた140字。

 

5月 「はまぐりの夢 VOL.3」へ140字小説4本

文学フリマに合わせて本が出来上がったとのこと。書いていたのは2月〜3月。2月初旬にお誘いを受けて、めったにない機会だと思って参加させてもらう。

星々ワークショップでのご縁がこんなふうに形に残るのはうれしい。

お題に沿って書いた140字。コロナ禍だからこそのお題だと感じた。もう行くことのできない場所のもう会うことのできない友というイメージが湧きあがってできた2編はお気に入り。感想をいただいた骨伝導の心音のお話は私にとって過去最大の「離す」ことのできたこと。

 

6月 300字ss

 

 思えば300字ssはダークめな作品が多い気がする。

 

6月 カクヨムに投稿  #さみしいなにかをかく8話「遠くへ、あとかたづけ」

kakuyomu.jp

虫のしらせだったのかな、とこの作品については思う。

というのも、このお話を書いていたのは4月の終わりからで、5月に父が亡くなったのでどうしても関連して思い出してしまう。

3月に引越しを経験していたから、粗大ゴミのくだりが出てきている。

 

6月 短編「一でも八でも」加筆

第一回星々ワークショップ合評会に提出した「一でも八でも」を加筆して小説家になろうというサイトへ載せる。

高校生の頃、初めて地元ではない美容室でお試しでお化粧をしてもらった時のことを思い出しながら書いた作品。1950年代の洋服を調べたりするのはとても楽しかった。

 https://ncode.syosetu.com/n1283hb/

8月 星々オンライン最終回の合評会作品「同じ重さなら」(約1万字)

最終回ということで絶対に参加したかったので、参加できてよかった。お題が「問うことについて」で、私は以前に自分が書いた「通信制中学生」をもとにして「同じ重さなら」という作品を書いた。学校教育においていじめを産まないシステムについて書いたつもり。真剣にこういう中学校があったらいいと思う。まだ加筆できていないけれど、加筆して投稿サイトに載せたい。

 

11月 紅茶の日の140字小説

 

毎年できる限り紅茶の日は140字小説を書くようにしている。

今年もなんとか書くことができた。

 

11月 #ノベルバーへ参加

 

Twitterのタイムラインで見かけた #ノベルバーの企画に参加。11月の一ヶ月間、お題に沿って小説を書くという企画。私は140字小説でほぼ毎日投稿することに。ほぼ毎日というのは2018年にお題に沿って140字小説を投稿して以来久しぶり。なんとか完走できたのは、お題が素敵だったからと確信している。

 

12月 300字ss

 

今年最後の300字ss。お題は「箱」今回もダークなお話になってしまった。感想をいただけて本当にありがたい。

 

まとめ&2022年への抱負

9月10月は資格試験勉強をしていたのもあって何も書いていない。

振り返ってみると書いている時期がわりと集中していると思った。

2022年は、1月中には「同じ重さなら」を加筆して小説家になろうサイトに載せたい。

ずっと書こうと思っている二人称小説を2022年度中には書けたらいいなと思っている。